Analysis / 2026.08.18

剛性は堅固性ではない
BYD RACCO・X-PACK をめぐる一つの論点

LFP という化学系がもたらす安全余裕は本物である。問題は、その余裕がどこへ振り替えられたかである。公表資料と実車の下回り観察から、電池パックの機械的健全性について何が語られ、何が語られていないのかを整理する。

対象/BYD RACCO(2026年7月28日発表・軽BEV)
論点/X-PACK の堅固性と、CTB による構造結合

本稿の見取り図 ── 三層防御の依存構造

第一層 堅固性 ── 損傷そのものを防ぐ 非開示 第二層 検知・遮断・伝播抑制 内部短絡に無効 第三層 自己制御性 ── 結果を限定する 公表の中心 共通の前提 ── LFP が想定どおり振る舞うこと

多重防御が成立する条件は、各層が互いに独立していることである。X-PACK においては、第一層が薄いことも、第二層が隔壁なしで成立することも、いずれも第三層の性質を前提として許容されている。層を重ねているように見えて、実際には同一の仮定の上に三枚を積んでいる。

前提

LFP はセル単体の熱暴走特性において三元系より優位である

最大発熱速度が低く、正極からの酸素放出温度が高く、熱暴走時の最大到達温度も低い。この差は実験的に確立しており、本稿はこれを疑わない。普通に使う限り、LFP は三元系より安全である。

ただし限定が二つ要る。第一に、電解液の可燃性は正極材によらず同等である。カーボネート系溶媒の引火点は室温近傍にあり、LFP の熱暴走時到達温度ですらそれを大きく超える。LFP の本質的な違いは「燃えない」ことではなく、正極が自前の酸化剤を供給しないことである。したがって外部から加熱される状況、あるいは他の火災に巻き込まれる状況では、その優位は目減りする。

第二に、低温特性は性能問題としてのみ語られがちだが、低温充電時のリチウム析出は安全問題である。LFP は低温での反応速度において不利であり、かつ後述するとおり電圧特性が平坦であるため、析出の兆候を電圧挙動から捉えることが難しい。寒冷地における長期使用は、括弧書きの例外ではなく独立した留保として扱うべきである。

LFP の特性は、パック破損時の火災確率を下げる

事故等で機械的損傷を受けた場合も、内部短絡から熱暴走に至る確率、および熱暴走が隣接セルへ伝播する確率は、三元系より低い。結果の分布そのものが良性側に寄る。この点も本稿は争わない。

電池の安全は、単一の性質では担保されない

車載電池の安全設計は、通常は次の三層で語られる。

三層は代替関係ではなく掛け算である。そして多重防御が意味を持つのは、層が互いに独立している場合に限る。同一の前提に依存する複数の層は、層数のぶんだけ安全にはならない。

懸念

1.CTB は、電池の損傷と車体構造の損傷を同一事象にした

本稿が最も重視する論点である。

RACCO 開発責任者の説明として、バッテリー・ボディ・シャシーを一体化することで車体のねじり剛性を 34% 向上させた、と公表されている。CTP 構造比でバッテリー搭載効率 73% 向上、重心 77mm 低下も併せて語られる。

Implication

剛性に寄与するとは荷重を分担することであり、荷重を分担するとはひずんでいるということである。ひずまない部材は荷重を負担しない。34% を主張することは、パックが車体入力を日常的に受けていると主張することに等しい。

ここから三つの帰結が導かれる。

さらに、車体が鋼、パックがアルミであることは、材料の優劣の問題ではない。線膨張係数が鋼で約 12、アルミで約 23 ppm/K であり、全長 2m 級のパックでは温度差 100K に対して約 2mm の相対変位が生じる。これを吸収するには締結部を長穴とするか摩擦結合に頼るしかなく、いずれも伝達可能なせん断力に上限を課す。異材接合であること自体が、剛結を許さない。

なお、高張力鋼の多用は剛性向上には寄与しない。鋼のヤング率は強度グレードによらず約 210GPa で一定である。むしろ薄板化によって断面剛性は低下しうるため、パックの構造寄与は付加ではなく補完である可能性がある。ホワイトボディ単体のねじり剛性値が公表されれば判別できるが、その数値は示されていない。

2.防御層が一層、削除されている

第 2 世代ブレードバッテリーは、モジュールと横梁を廃止し構造部品重量を 27% 削減したとされる。空間利用率は 75.4%、パック厚は約 12cm である。

これは重量から堅固性を推定する話ではない。アルミサンドイッチ構造は軽量かつ高剛性になりうるため、軽いことそれ自体は欠点ではない。指摘すべきは構造の記述である。

Structure

従来「パックケース → モジュール枠 → セル缶」であった三層が、「パックケース → セル缶」の二層になっている。モジュール枠は機械的防御層でもあった。エネルギー密度を上げる手段と、防御層を取り除く操作が、同一である。

加えて、セル缶自体も薄い。実測公表値(945×90×14mm、2,600g、約185Wh/kg、約400Wh/L)から逆算すると、ブレード形状は同体積の compact な形状に比して約 3 倍の外皮面積を持つ。アルミ缶の板厚を 1.0mm と仮定すると缶のみでセル質量の約 21% に達し、この密度は成立しない。缶壁は 0.5mm 前後かそれ以下と推定される。角形セルとして特異な値ではないが、単位エネルギーあたり三倍の面積を、板厚レンジの薄い側で賄っている構図は残る。

3.ケース材質の推定 ── 鋼は上に、アルミは下に

公式サイトの X-PACK に関する記述は、駆動用バッテリー・電子制御ユニット・DC/OBC 統合ユニット・配電ユニット・PTC/AC コントローラーをバッテリーユニットへ高度に統合したという統合内容の説明にとどまり、ケースの材質には一切触れていない。SNS 上には鉄鋼も用いているとの指摘があるが、公式に明言した箇所は確認できない。

以下は、他のブレードバッテリーに関する分解報告と技術資料からの推定である。RACCO 専用パックであっても、材料構成を世代間で大きく変えるとは考えにくい。

ブレードバッテリー系パックの材料構成(他モデルからの推定)
部位材料根拠
セル缶アルミブレードセルは方形アルミ缶。世代を通じて変わっていない
パック枠・トレイアルミ合金SEAL 分解時、パックを囲むアルミ合金フレームを切断している
上下スキン高強度アルミ板(接着)ハニカムアルミ板設計。上下二面に高強度アルミ板を貼り、間にブレードセルを配列
上蓋鋼板+GFRP の 2 層SEAL 実測。CTB では上蓋が室内フロアを兼ねる
底面冷媒流路板+薄い底板SEAL 分解時、底面の冷媒流路板を切除してセルへ到達している

したがって、鉄鋼が用いられているという指摘はおそらく正しい。ただし用いられているのは上蓋であり、路面に面する底面ではない。

Asymmetry

材料配分は乗員側と路面側で非対称である。乗員側(上)には鋼板と GFRP、路面側(下)にはアルミと薄板。構造的投資はフロアとしての役割が要求される面に向けられており、打撃を受ける面には向けられていない。

そして分解報告からは、より重要な事実が読み取れる。SEAL の分解では、電池と底面板の隙間へ楔を打ち込もうとしても動かず、パックを裏返して自重をかけても電池と底面板の間に隙間が生じなかったと報告されている。最終的に底面の冷媒流路板を切除してセルを露出させている。

No crush space

セルと底板の間に空隙がない。すなわち底板とセルの間に潰れ代が存在しない。底板の変形は、緩衝を経ずにそのままセル缶の変形として伝わる。

加えて、X-PACK の分解図では底板の直上に冷媒流路板が位置している。底面打撃は、薄い底板を経て冷却系へ直接到達する経路を持つ。冷媒の喪失は冷却能力の喪失を意味し、それは熱事象が最も起こりやすい局面で起きる。前掲の三層図における第二層が、第一層と同じ入力で同時に損なわれうるということである。

材料構成の根拠はいずれも SEAL および第 1・第 2 世代ブレードバッテリーに関するもので、RACCO の X-PACK を直接分解した報告ではない。X-PACK は軽自動車向けに新開発された専用パックであり、上蓋の構成は車種によって異なりうる。特に RACCO の上蓋が室内フロアを兼ねているかは未確認である。また、直冷板の配置についてはパック上層とする資料と底面とする資料があり、一致していない。

4.公表値は「出火しないこと」で語られ、「壊れないこと」の指標がない

RACCO のプレスリリースには、一体型のバッテリーパックが 1,000 ジュールの衝撃試験でも温度が極端に上昇せず 40℃ 以下であった旨が記載されている。

この 1,000J の出所は、第 2 世代ブレードバッテリーの底部撞击試験系列とみられる。中国では新国標 150J に対し 300J・1000J・1500J を実施し、いずれも不起火・不爆炸であったと公表されている。

Disclosure gap

公表値は出火・爆発の有無、および温度で語られている。一方、変形量・漏液・筐体破裂・絶縁抵抗・IP 等級といった機械的健全性の指標は示されていない。日本向けリリースでは、中国で用いている「不起火・不爆炸」という業界標準の判定語ではなく、「40℃以下」という独自の温度指標に置き換えられている。

ここで、150J と 1,000J という数値の比較には注意が要る。試験の情報量は、何をもって不合格とするかで決まる。出火の有無のみを判定基準とする試験は、入力を何倍にしても出火の有無しか報告しない。ケースが大きく変形し、冷媒が漏れ、絶縁抵抗が低下していても、燃えてさえいなければ合格である。入力を上げることは判定軸上の範囲を広げるが、判定軸そのものを増やさない。

Non-comparable

GB 38031-2025 の 150J は、漏液・筐体破裂・発火・爆発の有無と絶縁抵抗という広い判定基準に対する要求である。BYD の 1,000J は、出火・爆発という狭い判定基準に対する公表値である。両者を「6.6 倍」として並べることはできない。入力の大きさと判定基準の広さは別の軸であり、後者を狭めたまま前者を上げても、機械的健全性についての情報は増えない。

そして出火の有無は、LFP が構造的に最も有利な判定軸である。入力を 6.6 倍に上げてもなお成立しやすいのはこの軸であり、逆に、より低い入力における変形量や絶縁抵抗を開示するほうが、堅固性についての情報量は大きい。公表されるのは、設計が最も強い軸の数値になる。

加えて、この 1,000J という数値には試験条件が付されていない。撞子の形状・質量・速度、打撃位置、打撃回数、SOC、パック単体か車両搭載状態か、自社試験か第三者試験かが不明である。エネルギー値のみでは比較も再現もできない。

開示の粒度が問題である。車体側については高強度鋼 70% 以上、2,000MPa 級超高張力鋼板をフロアクロスメンバーに、サイドシルに高強度ロール成形補強材、と細部まで数値化されている。BYD は数字を出す会社である。その会社が、パックケースの材質・板厚・保護構造についてのみ何も述べていない。

5.針刺試験は、パックの機械的健全性の証拠にならない

針刺はセル単体に対する試験であり、パックに対して行うものではない。そのうえで、二つの独立した問題がある。

これは業界の判断でもある。GB 38031 において針刺は強制要求ではなく、熱暴走を発生させるためのトリガー手法の一選択肢として推奨されているにすぎない。GB 38031-2025 では内部加熱片によるトリガーが追加された。UN R100 および GTR 20 に針刺は存在しない。

針刺の映像が証明するのは、化学系の性質である。パックが機械的入力に耐えるかどうかについては、何も語っていない。

6.最低地上高 130mm と、入力エネルギーの規模

RACCO の最低地上高は 130mm である。セダン全般では珍しい値ではないが、車種内で比較すると事情が異なる。

Fig.1 ── 最低地上高の同クラス比較(mm)

スーパートールワゴンという車格の中では、クラス標準より 15〜35mm 低い。そしてこの車格が使われるのは、砂利敷きの駐車場、車止めブロック、店舗出入口の段差、雪国のわだちといった環境である。BYD 自身が想定用途として駅までの送迎・買い物・通院を挙げており、平滑舗装路専用の車ではないとメーカー自身が述べている。

入力の規模を見積もる。歩道の段差から前輪を落とす状況を考える。前軸荷重を車重の 60%、落差を 150mm とすると、

Fig.2 ── 打撃エネルギーの規模比較(J)

同クラスのガソリン軽と比べ、入力は約 1.4 倍になる。これは幾何と違い、運転技量で回避できない。質量に比例するからである。

さらに注目すべきは水準である。BYD が誇る 1,000 ジュールという値は、標準的な縁石を一段落ちる際の位置エネルギーと同じ桁にある。実際にはその大半をタイヤとサスペンションが吸収し、パックへ到達するのは一部にすぎない。しかし訴求値と日常事象が二桁も三桁も離れていない状況は、安全率の議論として快いものではない。

Fig.2 の縁石落下値は落下位置エネルギーの総量であり、パック到達分ではない。車重は 1,230kg、前軸荷重比 60%、落差 150mm を仮定した概算である。前提が変われば値も変わる。またサスペンションの残ストロークは静的沈み込み量に依存するため、車重増はバンプラバー接触の頻度を通じても効く。

7.実車観察 ── 底面の保護は擦過・防錆クラスである

実車の下回り撮影から確認できたことを記す。公表資料に依存しない一次情報である。

要するに、保護は存在する。ただしそれは擦過・飛石・防錆のカテゴリであり、点打撃や貫通のカテゴリではない。数 mm の樹脂も吹付被膜も、1,000J クラスの局所入力に対しては寄与しない。そこで意味を持つのは金属板厚と、その背後に吸収層があるかどうかだけである。

8.結論として ── 剛性と堅固性の混同

BYD の説明では、性質の異なる三つの量が一つの「強さ」として提示されている。

公表数値の性質
公表値物理量示していないこと
ねじり剛性 +34%剛性(変形しにくさ)局所打撃への耐性
400kN 耐圧縮強度(準静的・面荷重)動的・局所荷重への耐性
50t 重機の踏破強度(分布荷重)点荷重・貫通への耐性
1,000J 底部撞击局所動的入力への耐性変形量・漏液・絶縁抵抗

剛性が高いことは、局所打撃に強いことを含意しない。むしろ剛性の高い構造は変形によるエネルギー吸収が少なく、条件によっては局所に応力が集中する。

X-PACK は「高剛性」ではあるが、「堅固」である確証はない。

そして、ここまでに挙げた懸念のすべてが同じ構造を持っている。第一層が薄いのは LFP だから許容できるという判断による。第二層が隔壁なしで成立するのは LFP の到達温度が低いからである。第三層は LFP そのものである。三層が単一の前提に依存している。

ブレードバッテリーの説明と公開された試験内容は、X-PACK の衝突時安全性が LFP の化学的特性に依存して成立していることを示している。

私見

層は独立していなければならない

「可能な限り頑丈に」という要求は、コストと重量の議論に引き込まれて敗れる。原理として述べるほうがよい。

Position

多重防御は、層が独立していて初めて成立する。したがって堅固性は、化学的特性を前提とせず、独立して確保されるべきである。

この立場から見れば、X-PACK の設計は不合理ではない。むしろ各判断は相互に整合している。LFP だから底面保護を薄くできる、だから軽い、だから航続距離が伸びる、だから小さいパックで済む、だから安い。CTB で剛性を稼ぐから薄板高張力鋼が使える、だから軽い。破綻はしていない。

問題は、余裕が一箇所ではなく複数箇所で同時に薄いことである。個々の削減が合理的であっても、それらは独立ではなく、底面打撃という同一事象で同時に試される。冗長性の観点では単純な足し算にならない。

なぜこうなるのか

安全性は合否のみを問う最低基準として制度設計されている。基準を満たすか満たさないかであり、最低基準を大きく上回っても市場は追加を払わない。しかも証明できるのは「起きなかった」という不在であり、不在は訴求材料にならない。

対して劣化・航続距離・価格は連続量で、可視で、契約可能である。改善すれば数字で示せ、示せば売れる。

その結果、規制上の最低基準を大きく上回る安全余裕は、市場が値付けしていない資産になる。ならばそれを値付けされている属性と交換するのが経済的に正しい。底面保護を薄くし、モジュール枠を消し、車体を薄板化し、重量を航続距離と価格に変換する。そして残った余裕を「安全性」として訴求する。

これは悪意ではなく、インセンティブがそう設計されていることの帰結である。そして同じ構造が示唆する処方も一つしかない。余裕代を可測量に変換し、最低基準そのものを引き上げるほかない。GB 38031-2025 が底部撞击試験を強制要求に加えたのは、まさにその動きである。

日産リーフが 10 年以上にわたり電池起因の火災を出さなかったことは、三元系という不利な化学を保守的なシステム設計で押さえ込んだ実例である。ただしその実績は市場でほとんど評価されず、むしろ空冷ゆえの容量劣化が問題視された。測れて報われる軸に競争が流れるという構造は、ここにも現れている。なお同社は 2024 年に米国で電池火災を理由とするリコールを届け出ており、無事故記録はその時点で途切れている。

したがって

本稿は「RACCO が危険である」とは述べない。LFP を採用したことにより、損傷時の帰結は「炎上」ではなく「パックが死ぬ」に寄る。リスクは消滅していないが、その性質は人身リスクから経済リスクへ移っている。

述べるのは次のことである。

この車の安全性は、実使用で問われる軸とは別の軸で証明されている。

設計が成立する条件は何か。その条件は日本の使用環境で満たされるのか。まだ誰も知らない。そして知るための試験も、規制も、統計も、現時点では存在しない。

未確定事項

本稿の懸念は、次のいずれかが判明した時点で強化または撤回されるべきものである。

判定材料
項目取得手段
パック底板の材質(アルミ/鋼)実車への磁石接触
RACCO 上蓋の材質(鋼+GFRP か否か)分解記事、部品構成
直冷板の配置(底面か上層か)分解記事、サービスマニュアル
底板の板厚・着脱可否部品検索、パーツリスト
内部吸収層(ハニカム等)の有無と位置分解記事
パック天板が室内フロアを兼ねるか(真正 CTB か)室内カーペット下の確認
ホワイトボディ単体のねじり剛性値メーカー開示(未公表)
底打ち時の保証運用と免責範囲保証書条項、実例
パック単体の部品価格パーツリスト
車両保険の料率クラス損保各社の設定

なお、メーカー別・パワートレイン別に正規化された車両火災率の公的統計は確認できなかった。個別の火災事例から発生率を論じることは、分母が数十倍異なる比較になるため本稿では行わない。また本稿の懸念が予測する故障モードは火災ではなく、パック交換・絶縁低下・遅発性故障・保証紛争である。検証されるべきは火災統計ではなく、保証および修理の記録である。